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日常の中にあったら、ちょっと嬉しくなるものを——— あしかクッキー、田村さんご家族でつくるクッキーの優しい世界

日常の中にあったら、ちょっと嬉しくなるものを——— あしかクッキー、田村さんご家族でつくるクッ...

北九州の街には、見た瞬間に思わず笑顔になってしまうクッキーがあります。それが、アシカクッキーです。 北九州の「区」や「地方」をそのままかたどった、ちょっと不思議で、とても愛らしい地図クッキー。見て楽しく、食べておいしく、そしてどこかあたたかい。そんなお菓子を生み出しているのが、田村さんご夫妻です。 もともと奥さまはお菓子づくりが大好きで、中学生の頃からバナナケーキやマドレーヌを焼き続けてきたそうです。「いつかこれを仕事にできたら」そんな想いを心の中でそっと温め続けていたそう。 そして約3年前。ちょうどコロナ禍で暮らし方が大きく変わり始めたころ、「どうせやるなら、好きなことで生きていこう」そう覚悟を決めて、お菓子づくりを“仕事”にする道を選びます。 最初はレンタルキッチンを借りてマルシェに出店。一つひとつ丁寧に前へ進んでいく日々に転期が。 大きな転機になったのは、北九州市60周年イベントへの出店です。北九州の“形そのもの”をかたどったクッキーが話題となり、そこから一気に注目度が上昇。なんと将棋の竜王戦「勝負スイーツ」にも選ばれました。「どこからご縁がつながるか、本当にわからないですね」と、田村さんも笑います。 「思いついたらまず作ってみる。ダメだったらすぐ直す」そのスピード感と迷いのなさも、アシカクッキーが進化し続ける理由のひとつです。 もちろん、可愛いだけではありません。着色料は使わず、野菜パウダーやココアなど自然素材で色付けし、110℃前後の低温で60分以上じっくり焼き上げています。小さなお子さんでも安心して食べられるように——そんな想いが、細部にまで宿っています。 目指すのは、特別な日のためのお菓子ではありません。「日常の中にあったら、ちょっと嬉しくなるもの」疲れて帰った日、テーブルにアシカクッキーがあったら、それだけでふっと気持ちが緩む。そんな“日常のごほうび”のような存在を目指しています。 お二人が目指しているのは、「なんだか懐かしい」「お母さんが焼いてくれたお菓子みたい」そう感じてもらえるような、やさしいお菓子です。 好きから始まった挑戦。地道な3年間の積み重ね。技術とデザインが重なって生まれた、唯一無二のクッキー。北九州という街へのまっすぐな愛情。そして家族でつくる、小さくて大きなブランド。 アシカクッキーは、「アイデア × 技術 × 家族 × 地域愛」そのすべてがぎゅっと詰まった、“物語のあるお菓子”なのです。

「一杯の先に、人が集まる」———  星月さんがつくる、中国茶サロンのあたたかな輪

「一杯の先に、人が集まる」——— 星月さんがつくる、中国茶サロンのあたたかな輪

北九州の街角に、ふと立ち寄りたくなる小さなサロンがあります。扉を開けた瞬間に感じるのは、ホッとするようなあたたかい空気。その中心にいるのが、オーナーの末永星月さんです。 取材中、最も印象的だったのは、星月さんが中国茶について語るときの表情でした。まるでスイッチが入ったように、一気に世界が開けていく。茶葉の種類、香りの違い、湯温の意味、飲み方によって変わる余韻——そのどれもが、迷いのない言葉で語られていきます。 驚くのは、その熱量の源です。星月さんはもともと「お茶をほとんど飲んでこなかった」と言います。子どもの頃は水ばかりで、お茶の知識はゼロに近かったと淡々と振り返ります。それでも、仕事をきっかけに偶然触れた中国茶に心を奪われ、そこから一気にのめり込みました。 “美味しい”と感じた瞬間、ただの飲み物ではなく、心を落ち着かせ、自分を整えてくれる存在だと気づいたのだそうです。その後は横浜・青山、専門店、生産者、さまざまな場所を訪ね歩きながら、時間を惜しまず学び続けてきました。「知れば知るほど興味が深まっていくんです」と語る姿は、語学のように、ある日突然理解が広がり、世界が変わるあの感覚に近いものを思わせます。 取材中も、お茶の話になると自然と語るスピードが上がり、身振り手振りが加わっていきます。たとえば、器の薄さが味にどう影響するか、飲み終わったあとに口を閉じて香りを鼻に抜くと本来の風味がわかること、——どれも生活のなかで実感してきたからこその言葉でした。 そしてもう一つ、彼女の姿勢を象徴していたのは、お客さまとのやりとりです。初めて来た人に対しても、好みや体調、どんな気分で過ごしたいかをていねいに聞き取り、その人に合う一杯を選びます。決して押しつけず、でも確かに相手に寄り添う。その自然な距離感が、話し込むでもなく、黙り込むでもなく、ちょうど良い“間”をつくっていました。 気づけば、星月さんの周りには人が集まり、訪れた人同士がゆるやかにつながっていく。サロンそのものがコミュニティのように機能しているのは、彼女の人柄と、茶に向き合う真摯な姿勢があるからこそだと感じます。 “もともとお茶には縁がなかった”——その言葉が信じられないほど、今の星月さんは中国茶とともに生きているようでした。彼女が注ぐ一杯には、知識と経験だけでなく、その長い年月で育った確かな愛情がそっと込められているように思います。  

深海産業 – 棕櫚(しゅろ)のある暮らしを未来へ

深海産業 – 棕櫚(しゅろ)のある暮らしを未来へ

和歌山から、棕櫚と生きる 和歌山の町工場で、棕櫚を使った箒やたわしを製造している深海産業。専務の深海さんは、物流会社での勤務を経て家業に戻り、「もう1本の柱」をつくるため、新たなものづくりに挑戦を始めました。 ■ 消えゆく職人技を、この手でつなぐ 原点は、先代が縄を手作りしていた頃の記憶と、この地域に残る職人たちの存在。全国を回り職人と語らう中で、「後継者がいない」「産業が消えかけている」という現実に直面。深海さんは、地域に根付く棕櫚製品を、現代に合う形で甦らせることを決意します。 ■ 初回30本、全返品からの再出発 先代職人の道具を分解し、作り方を学びながら挑んだ初の棕櫚箒。しかし初回納品30本は、すべて繊維が抜ける不良で返品。それでも諦めず、独自の製法を確立し、クレームゼロの商品へ進化させました。見た目は伝統を守り、中身は耐久性と使い心地を追求しています。 ■ 「この人が作るなら、使ってみたい」 深海さんが大切にしているのは「人を知ってもらうこと」。職場はまるで中学校の教室のように賑やかで、年齢も経歴も違う仲間が助け合いながら働きます。その温かい関係性が、製品の魅力をさらに引き立てています。 ■ 棕櫚を、もっと自由に、もっと世界へ 棕櫚は「たわし」では知っていても、原料として知る人は少ない素材。若い世代にも届くデザインや価格の商品を生み出し、「SHURO-BOKI(棕櫚箒)」を、すき焼きや日本刀のように世界中で通じる言葉にすることを目指しています。 ■ 守るだけじゃなく、進化させる 「伝統をただ守るのではなく、今の暮らしにフィットする形に変える。そのうえで“かっこいい”と思ってもらえるものを発信していきたい」と深海さんは語ります。 棕櫚のある暮らしは、静かで心地よい時間をくれる。深海産業は、その価値を未来へと手渡していく担い手です。

白浜から、100年続くブランドを目指して。——アトリエ「シュエットドール」に宿る手仕事の哲学

白浜から、100年続くブランドを目指して。——アトリエ「シュエットドール」に宿る手仕事の哲学

和歌山県・白浜町の海辺に佇む革小物工房「シュエットドール」。代表の真鍋さんが「趣味が仕事」と語るそのアトリエでは、失われゆく技術を丁寧に受け継ぎながら、日々こだわりの製品が生まれています。 素材の選び方から仕上げの磨きまで、一切の妥協を許さないクラフトマンシップ。そんな真鍋さんと職人たちの想いを紡ぐアトリエの姿をお届けします。 海のそばのアトリエから、白浜発メゾンブランドを目指す 「自分たちが本当に欲しいもの」から生まれる製品 クラフトマンたちの多様な背景と、共通する信念 目指すのは100年後も続くブランド 海のそばのアトリエから、白浜発メゾンブランドを目指す 「シュエットドール」は、美しい白浜の海の近くにある小さな工房。代表・真鍋さんの原点は、会社員時代に始めた“趣味の革小物づくり”。現在のアトリエは、おばあさまが文具店を営んでいた建物を何度もリノベーションして生まれ変わらせた場所です。   「自分たちが本当に欲しいもの」から生まれる製品 量産を前提としたものづくりではなく、自分たちの欲しいものを形にすることを第一に。時に常識から外れる素材の使い方や作り方も辞さず、お客様が手にする部分にはすべて丁寧な磨きをかける。そんな妥協のない手仕事が、「シュエットドール」の製品には込められています。   クラフトマンたちの多様な背景と、共通する信念 真鍋さんとともに働くのは、移住してきた2名の職人たち。元パティシエと、新卒で職人の道を選んだ若者という異色の経歴を持つ2人です。共通しているのは、「楽しく、でも誠実に」モノづくりに向き合う姿勢。「私たちが笑顔で働いていたら、お客さんもきっと来てくれると思う」と真鍋さんは語ります。   目指すのは100年後も続くブランド 「2026年で10年。でも、本当に目指しているのは100年続くブランドなんです」そう語る真鍋さんの目には、遠くを見据えるまなざしと、今目の前の手仕事に真剣に向き合う職人の情熱が宿っていました。   「妥協しないからこそ、手に取ったときに伝わるものがある」——それがシュエットドールの革小物です。真鍋さんと職人たちが紡ぐ、手と心のこもった逸品を、ぜひ一度、あなたの手で確かめてみてください。

「人にも土にも虫にも優しいお茶」——豊緑園・森本さんが届ける、自然と暮らしに寄り添う一杯

「人にも土にも虫にも優しいお茶」——豊緑園・森本さんが届ける、自然と暮らしに寄り添う一杯

宮崎県新富町で1937年に創業した茶農家「豊緑園」。現在は3代目・森本さんが中心となり、有機JAS認証を受けた無農薬・無化学肥料のオーガニック茶づくりに取り組んでいます。 ただ“安心”なだけではなく、畑ごとの個性を生かした「茶畑めぐり」シリーズや、体験型のサロン運営など、自然と人の関係性に寄り添うお茶のあり方を模索しています。 土と虫と共に生きる。除草も駆除も、すべて手作業 畑ごとに違う味を楽しむ「茶畑めぐり」 飲むだけでなく、“整う時間”を届けたい ホタルが飛び、ヤマドリが訪れる茶畑から 土と虫と共に生きる。除草も駆除も、すべて手作業 豊緑園のお茶づくりは、自然との共生が前提です。農薬や化学肥料は一切使わず、除草も害虫の駆除もできる限り手作業で行います。草がよく伸びる春から夏にかけては、毎朝夜明けとともに作業を開始する日々。「大変だけど、それでもやる意味があるんです」と森本さんは静かに語ります。   畑ごとに違う味を楽しむ「茶畑めぐり」 豊緑園には7つの茶園があり、それぞれで異なる品種を育てています。森本さんはこの畑ごとの味わいの違いや背景にあるストーリーを「茶畑めぐり」というブランドで発信中。ただのお茶ではなく、“土地の表情”を味わってもらうことを目指しています。   飲むだけでなく、“整う時間”を届けたい 森本さんが目指すのは、安心・安全という枠を超えた“心の豊かさ”を届けるお茶。「お茶って、ただ飲むだけじゃなくて、心が整う時間をくれる存在だと思うんです」と話します。その言葉を体現するように、茶畑での体験イベントや、ティーペアリングを楽しめる「サロンドテもりもっ茶」などの活動も展開しています。   ホタルが飛び、ヤマドリが訪れる茶畑から 豊緑園の茶畑には、夏になるとホタルが飛び交い、ヤマドリの姿も見られるといいます。そんな自然の恵みのなかで育てられたお茶には、森本さんの人柄と、生き物たちとの共生の物語が染み込んでいます。   手間を惜しまず、自然と丁寧に向き合う森本さんのお茶づくり。その一杯には、心を整え、暮らしをやさしく包み込む力があります。「人にも土にも虫にも優しい」——そんな言葉がそのまま体現された豊緑園のお茶を、ぜひ味わってみてください。

「最後まで美味しくしたかったんです」——COZY farm・長友さんが育む、“せとか”と真っ直ぐな農業のかたち

「最後まで美味しくしたかったんです」——COZY farm・長友さんが育む、“せとか”と真っ直...

宮崎市清武町の山あいにある「COZY farm」は、“柑橘の女王”とも呼ばれる「せとか」を育てる農家。三代目の長友さんは、かつて全国を飛び回る営業マンでしたが、家業を継ぎ、畑仕事の日々へ。 手間も時間もかかる“せとか”に真正面から向き合い、その魅力をもっと広く届けたいと、加工品開発にも挑戦しています。農業を「趣味みたいなもの」と語る長友さんの、肩の力が抜けた中にある真剣な姿勢が印象的です。 営業マンから農家へ。三代目のUターン物語 わがままで繊細。だからこそ面白い“せとか”という果実 手塩にかけた果実を、もっと身近に。加工品への挑戦 「農業は趣味みたいなもの」——だから楽しく、真剣に 営業マンから農家へ。三代目のUターン物語 現在COZY farmを継ぐ長友さんは、もともと営業職として全国を飛び回る日々を送っていました。転機は、家業をどうするかという問いに向き合ったとき。「やってみようかな」という素直な気持ちから農家へ転身。今では60年以上続く畑を受け継ぎ、“せとか”の栽培に情熱を注いでいます。   わがままで繊細。だからこそ面白い“せとか”という果実 せとかは、驚くほどジューシーで香り高く、まろやかな甘さが特徴の高級柑橘。けれど育てるのは一筋縄ではいきません。実をつけすぎると翌年まったく実らないこともあるという“気まぐれな果実”。「剪定してるときが一番好きなんですよ。木と会話してる気がして」と話す長友さんは、季節や一本一本の木に寄り添いながら、せとかと向き合い続けています。   手塩にかけた果実を、もっと身近に。加工品への挑戦 そんなせとかの魅力をもっと広く届けたいと考え、長友さんは加工品づくりに着手。「せとかシロップ」などの商品は、炭酸で割ればジュースに、ワインに加えれば即席サングリアにと、さまざまな楽しみ方ができます。「果実だけじゃなく、最後まで美味しくして届けたい」——その想いが商品開発の原動力です。   「農業は趣味みたいなもの」——だから楽しく、真剣に 長友さんは農業のことを毎日やっても飽きない「趣味みたいなもの」と軽やかに笑います。でも、その言葉の裏には、自分の手で育て、自分の言葉で届けるという、誠実な仕事ぶりがあります。畑での表情も、瓶詰めに向き合う背中も、どこまでも真っ直ぐです。   せとかという繊細な果実に寄り添い、加工品という新たなかたちでその魅力を伝えるCOZY farmの取り組み。そこには、“美味しい”を届けることに対する一貫したまなざしと、自分らしく働くことへの誇りがありました。今日の食卓に、一本のシロップから始まる豊かさをどうぞ。

「100年続ける理由がちゃんとある。」——カネナ醤油・長友さんが継いだ蔵と、新しい挑戦

「100年続ける理由がちゃんとある。」——カネナ醤油・長友さんが継いだ蔵と、新しい挑戦

宮崎市青島に根を下ろし、140年近く家族で醤油をつくり続けてきた「カネナ醤油」。4代目を継いだのは、東京や海外で金融業界に携わっていた長友さん。父の病を機に帰郷し、蔵を受け継ぐ決断をしました。 「惰性ではできない仕事」と語る長友さんは、伝統を守りながらも新しい商品開発にも挑戦しています。支えとなったのは、家族の言葉と地元の味への信念でした。 青島の地で、記録も残らず続いてきた蔵 金融の道から一転、覚悟を決めて家業を継ぐ 地元に根付く“やさしい甘さ”が生き残った理由 伝統を守りながらも「遊び心」を忘れずに 青島の地で、記録も残らず続いてきた蔵 創業からおよそ140年。しかし記録も写真もほとんど残っていないという「カネナ醤油」は、まさに“日々の積み重ね”だけで続いてきた家族蔵です。温暖な青島の気候のもとで、代々の手仕事が今の味を形づくっています。   金融の道から一転、覚悟を決めて家業を継ぐ 東京や海外で金融の世界に身を置いていた長友さん。醤油蔵を継ぐつもりはまったくなかったと言います。そんな彼女を動かしたのは、父の急病と、夫からの言葉。「潰すのは1日、立て直すのはまた100年かかる」——この言葉が背中を押しました。   地元に根付く“やさしい甘さ”が生き残った理由 カネナの醤油は、宮崎らしい甘みが特徴。驚くほど甘いと感じる人もいる一方で、一度ハマると抜け出せない味でもあります。この“違い”こそが、小さな蔵が生き残ってきた理由。通販でも熱心なファンが付き、リピート購入が続いています。   伝統を守りながらも「遊び心」を忘れずに 製造環境は決して楽ではなく、特に夏場は温度管理に苦労するそうです。それでも「惰性ではできない仕事ですから」と静かに笑う長友さん。現在はへべすを使った胡椒や、手づくり味噌キットなど、新しい商品開発にも取り組んでいます。「守るだけじゃなく、遊び心も大事にしたい」という言葉に、未来へのまなざしが見えました。   100年続いてきたのは偶然ではなく、理由がある。そしてそれを次の世代へつなぐには、今を生きる者の覚悟と行動が欠かせない。長友さんが青島で見せるのは、まさにその実践です。醤油を通して、地域とともに生きるという選択。その一滴に、ぜひ触れてみてください。