
「ジャリパンを残したい」——地元の味を継ぐ、ミカエル堂・大津さんの決意
宮崎のソウルフードとも言える「ジャリパン」。その元祖とされる「ミカエル堂」は、一度は2023年にその歴史に幕を下ろしました。
しかし、地元を離れていた大津さんが「ジャリパンがなくなるのはイヤだ」と強く感じ、事業を継承。2024年に新たなスタートを切りました。カンカン通り商店街の一角で再び灯った看板には、受け継がれた味と想いが詰まっています。
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地元の味を守りたい——Uターンしての決断
「ミカエル堂」三代目・都成さんが事業継承先を探していたとき、大津さんは東京からのUターンを決意。「自分がパン屋じゃなかったことに不安はあったけれど、地元・宮崎からジャリパンがなくなるのは寂しい」と強く思ったと語ります。パン作りは未経験からのスタート。都成さんのもとでゼロから技術を学び、2024年11月14日、「ミカエル堂」の看板を再び掲げました。
「ありがとう」の言葉が、原動力になる
店舗を再開してからというもの、経緯を知るお客様から「続けてくれてありがとう」と声をかけられることが多く、大津さんにとってそれが何よりのやりがいだといいます。ジャリパンは、ただのパンではなく、宮崎で育った人々の記憶の中にある特別な味。その味をもう一度手に取ることができる喜びが、確かに受け継がれているのです。
子育ても、事業も——奮闘する日々のなかで
小学生の子どもを育てながらの店舗運営は決して楽ではありません。それでも、大津さんは笑顔でパンを焼き続けています。その姿に、取材スタッフも自然と応援したくなりました。「ミカエル堂」は、ただ懐かしい味を復活させただけでなく、地域の人々と共に生きる、今の宮崎を象徴する存在としても注目されています。
「パン職人としてではなく、地元のファンとしてジャリパンを残したい」——そんな大津さんの想いと行動が、宮崎の味と記憶を未来へとつないでいます。老舗の味が、次の世代へ。あなたもぜひ一度、カンカン通りで“あの味”を手に取ってみてください。