働くことを、取り戻す場所 ——— ベーグル屋さんを立ち上げた前城さんたちの想い———

働くことを、取り戻す場所 ——— ベーグル屋さんを立ち上げた前城さんたちの想い———

働くことを、取り戻す場所

— 前城さんたちの挑戦、ベーグルから始まる、もう一度の社会参加 —

ベーグルのkuguruさん、昼前には、ほとんどのベーグルが売り切れてしまうといいます。

一見すると、地域で人気のベーグル店。けれど、この場所を少し深く知っていくと、ここが単なる「売れるお店」ではないことに気づきます。ここは、働くことに不安や難しさを抱えた人たちが、もう一度社会との接点を取り戻していくための場所でもあります。

 

立ち上げた想い

この場所を立ち上げたのは、もともと同じ病院で働いていた作業療法士さん、前城さん、佐藤さんたちでした。先輩と後輩という関係の中で、長く同じ現場に立ちながら、彼らはある共通の課題を感じていたといいます。

リハビリはできる。回復もしていく。けれど、その先にある「働く」という現実に、うまくつながっていかない。

仕事に戻りたいと願う患者さんは多い一方で、その一歩手前の“練習”をする場所が、病院の中にはほとんどありませんでした。環境が整いすぎているからこそ、社会に出たときのギャップが大きくなってしまう。そうしたもどかしさが、日々の現場の中に積み重なっていきました。

「それなら、自分たちでつくるしかない」

その選択は、決して軽いものではなかったはずです。それでも病院を離れ、地域の中で新しい場を立ち上げることを決めました。

 

作業が、人を支える

作業療法士という仕事は、「作業を通じて回復を支える」専門職です。何かに集中する時間が、不安や症状をやわらげることがある。手を動かし続けることで、落ち込んだ気持ちが少しだけ外に向かうこともある。

そうした変化を、彼らは現場で何度も見てきました。

だからこそ、その“作業の力”を、病院の中だけで完結させるのではなく、社会の中で活かしたいと考えたのです。リハビリのための作業ではなく、誰かに届ける仕事としての作業へ。その転換が、この場所の核になっています。

ベーグルという選択

数ある選択肢の中で、彼らが選んだのはベーグルでした。

油脂を使わず、比較的ヘルシー、様々な具材が入ったかわいいドーナツ型の心躍るパン。「食と心身の健康」そして「パンというカテゴリーの中での特別感」に着目しました。

シンプルですが、その循環がきちんと成立することを重視した結果でもありました。さらに印象的だったのは、「もし売れなくても、みんなで食べて帰ればいい」という言葉です。

効率や利益だけを優先するなら出てこない発想ですが、この場所が何を大切にしているのかが、よく表れているように感じられます。

 

安心して働ける理由

店内の仕事は、一人ひとりの特性に合わせて細かく分けられています。計量、仕込み、成形、袋詰め。それぞれの工程が整理され、手順も目に見える形で整えられています。

「今日は何をすればいいのか」が分かること。それは一見当たり前のようでいて、働くことに不安を抱える人にとっては、大きな安心につながります。

さらに、その人の得意や苦手を見極めながら配置を考えるのは、作業療法士としての専門性です。この環境は偶然できたものではなく、「続けられること」を前提に設計されています。

同じ志で集まったチーム

この場所には、パン職人と作業療法士がいます。特に作業療法士が複数名関わる体制は珍しく、経営的に見れば決して効率がいいとは言えないかもしれません。

それでもその形を選んでいるのは、「人に向き合う」ことを中心に据えているからです。

もともと同じ病院で働いていた仲間が、それぞれのタイミングで外に出て、再び一つの場所に集まっている。その関係性自体が、この場所の強さになっているようにも感じられます。

 

ここは通過点であるという考え方

この場所は、ここで働き続けることをゴールにはしていません。むしろ、ここでの経験で今後の自分の望む姿をイメージし、一般就労や就労の前進を前提にしています。

実際に外に出て働き始めた方もいますが、すべてが順調にいくわけではありません。数ヶ月で続かなくなり、再び立ち止まるケースもあります。

それでも、「戻ってきていい場所」があることは大きいといいます。

一度外に出て、難しさを知り、それでもまた挑戦する。その循環を支えるために、この場所は存在しています。

 


 

これから広がっていくもの

今後は、訪問看護の取り組みも始まります。働く場だけでなく、生活の場にも関わることで、より連続的に人を支えていくためです。

実際の暮らしの中で何に困っているのかは、その場に行かなければ分からないことも多くあります。一対一で向き合う時間を持つことで、より具体的な支援が可能になります。

仕事と生活、その両方をつなげて考えること。それが、長く続けるためには欠かせない視点です。

 

人が続いていくための場所

このベーグル屋は、商品を売るための場所であると同時に、人がもう一度社会と関わるための入り口でもあります。

売上や効率だけでは測れない価値が、ここにはあります。自分の役割を持てたこと、自分の手でつくったものが誰かに届いたこと、その小さな積み重ねが、次の一歩につながっていきます。

確実に人の時間が前に進んでいる。そんな実感を、kuguruさんからは受け取ることができました。